こんにちは、SeedsAPPの代表、伊藤です!
先日、今年度1回目の不登校相談会があり、SeedsAPPも相談ブースを出させていただきました。相談会では、不登校経験者の方や不登校を経験したお子さんの保護者の方による座談会も行われ、とても深い話を聞くことができました。
学校に行かない、または行きたくても行けない子たちのための「フリースクール」ですが、今回は「フリースクールに求められること」について少しお話ししたいと思います。
皆さんは、「タツキ先生は甘すぎる!」というドラマをご存じでしょうか。
学校に行けない、またはいかな選択肢をとった子どもたちが、フリースクールに通いながら生き方を見つけたり、希望を見つけたりしていくという内容です。
不登校やひきこもりが題材としてドラマになることはこれまでもあったと思いますが、フリースクールが大きなテーマの一つとなるのは、やはり社会に多くされてきているということ、そして今回のドラマをきっかけに、より広くフリースクールという存在が認知されていくことかと思います。
不登校の要因は「無気力」「友人関係」「学習面」など様々ですが、教室で多くの子どもたちと関わってきた中で感じること、保護者の方と話していて強く感じることがあります。
それは、「“学校というスタイル”がその子に合わないのではないか」ということです。
「決まった時間に決まったことをみんなと同じようにやるのがつらい」
「周りは我慢できても自分は我慢できないような音量の中で過ごすのがつらい」
「読み書きが思うようにできない中で、みんなと同じテストを受けるのがつらい」
こういった声を聞くことがよくあります。親世代や学校の先生からすると、
「今まではそれが当たり前だった」
「これくらい我慢できないと社会でやっていけない」
と言いたくなる方もいらっしゃるかもしれません。しかし時代が進み、多様性が受け入れられるようになるとともに、発達障害等による学びづらさや生きづらさへの理解、研究も進み、かつて求められていたものとは違うニーズが生まれてきています。
しかし、ニーズの変化に学校が完全に対応できるかというと、教員の働き方問題が今も渦中にあることを考えると、そこもまだ難しいのが現実でもあります。
多忙を極める学校現場の中で、ニーズの変化に柔軟に対応しながら多様な子どもたちの個性にすべて向き合い、学校の中だけで完結させること、それを求めることは、学校への負担と課題が大きくなる一方ではないかと思います。
だからこそ、不登校のお子さんたちには学校外に自分にあう居場所、学校というスタイルにとらわれず、自然に生き生きと活動し学んでいける場所が必要で、それが「フリースクール」に求められていることだと私は感じています。
スポーツジムに通うだけでプロ野球選手を目指したり、高級寿司店で手ごろなイタリアンを注文したりすることがないように、ニーズに合わせた場所は必要で、ただそれぞれで役割分担をしていく感覚でいいのではないでしょうか。
学校には学校の、フリースクールにはフリースクールの役割や価値があります。決まったスタイルにとらわれず、安心して過ごせる場所、学べる場所で自分らしさを輝かせていくことが、もっともっと世の中に当たり前に広がっていけばいいなと思っています。
